輿水大和さん

 中京大学の理工系学部は、1990年開設の情報科学部に始まり、現在の工学部4学科体制へと発展してきた。研究機関として人工知能高等研究所(AI研)も活動している。32年間教員を務め、理工系学部の黎明期から学部や研究所の変遷に関わってきた中京大学名誉教授の輿水大和さん(元工学部教授)に経緯や設立の狙いなどを聞いた。

情報科学部の設立に奔走

 ――まず、情報科学部を立ち上げた経緯を教えてください。

 1990年4月の情報科学部開設の2、3年前から、大学では深く潜行して設置準備をしていましたが、私は1986年に中京大に来ました。直接的には新学部をつくるためとして呼ばれたわけではありませんでしたが、情報理工系教育を充実させ始めていた教養部にお邪魔しました。梅村清弘理事長の力強さと繊細さを兼備した稀有なリーダーシップの下、初代学部長となる福村晃夫先生がレールを敷き、先生の弟子であった私は、豊田キャンパスでのコンピューターシステムの機種選定、カリキュラム策定に関わるなど設置準備に奔走しました。

 ――苦労した点は。

 学園を挙げてつくらせてもらったという気持ちが非常に強い。だから、ネガティブな意味で苦労はなかったです。学部をつくる夢、そして生まれたばかりの弱小チームを強くしたい感覚を教職員が共有していたように思えます。できたばかりの弱小チームは、試合を重ねて勝つしかない。できることは何かという気持ちで突っ走る。そうした時期に、ここに関わらせていただいたことは幸せでした。

 ――そして1990年、情報科学部がスタートしました。

 梅村清明先生が、総合大学として理系の学部もつくりたいという積年の夢を抱いているという話をよくお聞きしていた。その思いが1985年から90年代にかけて急激に結晶して、まず財政的にも設立しやすい情報科学部を設置したと思います。

 豊田キャンパスで情報科学と認知科学の2学科でスタートしましたが、認知科学科は、当時の大学ではおそらく初めて。福村先生は、情報科学という学問は、既存の学術領域で言うと、人間研究にコンピューターを駆使する、そんな新しい心理系の分野が必要であると考えられて設置したと私は理解しています。

本物の理工系学部をつくる

 ――その情報科学部が、情報理工学部、そして今の工学部に変わっていきます。その狙いは。

 情報科学部は受験界では理工系ではなく、総合系に入ります。これは受験生のマーケットがどうしても小さい。そこで、理工系の学部として2006年に情報理工学部にしました。私は2004年、情報科学部長を拝命しましたが、それから2年間は、将来の工学部を展望しながら、情報理工学部づくりを進めました。つまり、自然に学部改組が進捗できるように、どんな学部、学科を置くかは、本物の理工系学部をつくるというストーリーの中で考えてきました。2013年の工学部設置のときは、名古屋キャンパスに機械システム工学と電気電子工学の2学科ができ、近隣の大学は「中京は理工系で勝負に出た」と受け止めたほどでした。工学部への改組の時もそうでしたが、学科名一つとっても、教員には思い入れが深く、発展的理解と了解をいただくには時間がかかりました。

 ――具体的にはどんな苦労がありましたか。

 教員は当然ながら従来のジャンルや名称にこだわる傾向があります。だから、私自身が情報理工学部、そして工学部をつくるとき、2回にわたって学科、フィールドを変更して覚悟を示したつもりです。そうすることで、皆さんも納得して一緒に動いていただく上での一助にはなったかと思います。

人工知能研究で産学連携

 ――工学部には、人工知能高等研究所(AI研)もありますが、こちらの設立目的や経緯を教えてください。

 情報科学部ができた翌91年に、学部の研究機関としてAI研が発足しました。学部の発足時には、すでにAI研構想はできていました。情報科学は人工知能と非常に近いところがあります。人工知能研究つまりコンピューターサイエンスで産学連携研究をしっかりやらないと、学生たちの働く場所を確保できないし、認知度を高められません。そこで、主に産学共同研究を推進したり、支援する施設を提供したりするためのAI研をスタートさせましたが、当時の大学では最先端の組織でした。

 企業について言えば、当初は富士通研究所、日本電装基礎研究所など4社が入居。今はそのような大規模な入居企業はないが、10社ほどの中小~大企業との共同研究を地道に続けています。

 ――AI研ができて27年になります。成果は出ていますか。

 産学の共同研究などを通して、学生の出口(就職先)に目と心を開いておくのが研究所と言ってもいい。研究に参加することで就職が決まる学生も少なくないし、研究資金も獲得できます。今では欠くべからざるものと言ってもいい。また、私が関係しているところでは、エンジン部品の傷などを画像検査するAI技術などが注目されています。産学連携の研究に対し、多くの国庫助成などを受けた実績も残しています。

 また、地域、社会貢献的な事業にも力を入れ、AI研が参画した公開講座は、各界の第一人者をお招きして中京大のプレゼンスを保つのにとても役立ってきました。2017年のロボカップ名古屋世界大会では、中京大がシルバースポンサーになるとともに、AI研が協力機関として認定を受けたこともあります。

中京大学理工系学部の推移(カッコ表記のない学科は学部と同時設立)

共有できる夢、目標を

 ――中京大学工学部の特色は。AI研も含めて課題はありますか。

 情報系が強いということでは、もともと情報科学部や情報理工学部で育ってきた先生もいるし、カリキュラムの蓄積もあります。画像処理などの情報というのは、情報だけに閉じこもっていたらダメ。実世界とつながり、その中で役立つものでなくてはいけない。そのような技術者を育ててきたと思うし、これからもこれまで以上にそうあってほしい。まだカリキュラムの構成、就職対策などで十分とはいえないと思いますが、外に向けた努力は不断に必要と思います。

 AI研は学部付置の施設としてスタートしましたが、2018年からは大学付置となりました。これを契機に、内側の体制を整えると同時に、産学の外の世界に向けて存在感を強めてほしいと思います。例えば、さらに産学連携という産業界との太いパイプを育ててほしい。こちらが学術研究を磨かないと、産業界は振り向いてくれません。

 多くの若き俊英な皆さんには共有できる夢、目標をぜひ持っていただきたい。例えば、産学共同研究にもっと学生が参加できるような機運を醸成し、新技術の発明、その特許化などに学生を積極的に入れるなどして、共有できるような大きな夢を持つようにしていただきたい。

輿水大和(こしみず・ひろやす)さん

1948年生まれ。山梨県出身。
74年度、名古屋大学大学院修了。工学博士。名古屋大学工学部助手を経て86年中京大学教養部助教授、88年同教授。90年情報科学部教授。2004~05年度情報科学部長、06~09年度情報理工学部長、10~13年度大学院情報科学研究科長、14~17年度人工知能高等研究所長。08~17年度梅村学園評議員。中京大学名誉教授。専門分野は、視覚の人工知能、画像技術の研究。